シンセンの概要

人口1500万人に近いシンセン市は中国の副省級市で、人口の世界番付は世界15位です。香港と接するその地理的優位性も手伝い、近年急速に発展している街です。 香港とのボーダーは羅湖、皇崗、落馬州などをはじめ15か所あります。
2012年には全世界を対象にした世界都市ランクでは、中国では北京、上海、広州に次ぐ65位にランクインされました。
シンセンは1970年代までは人口わずか3万人程度の漁村でありましたが、その地理的重要性が見込まれ、1979年、それまでの宝安県を シンセン市に昇格させ、1980年、ケ小平の指示で経済特区に制定されました。1981年には副省級市になりました。
このように歴史の浅いシンセンでは現在の住民のほとんどが、中国各地から移住してきた人間で、街中では北京語が使用され広東語の普及率は非常に低い街です。

シンセンの気候

シンセンの気候は中国の気候区分による亜熱帯海洋性気候であり、年間平均気温は摂氏22.3度と非常に温暖です。 一番熱い7月の平均最高気温は32.2℃、一番寒い1月の平均最低気温は11.4℃です。

シンセンの歴史

周代までのシンセンは百越部族の支族とされる南越部族の居住地でした。
中国の史書に登場するのは前214年の秦代で、嶺南地区に南海、桂林、象郡の三郡が設置され、シンセンは南海郡に区分され中原文化との交流が開始されました。
再び史書登場するのは331年の宝安県設置です。東晋はこの地に6県を設置し、それを管轄する郡として東官郡を設置し現在のシンセン市、東莞及び香港を管轄しており、 群治が宝安県(現在の南頭地区)に設置されました。
宋代になると宝安県は南方海上交易の拠点となり、また製塩業や米・茶葉栽培で繁栄し、元代には真珠の産地として史書に登場しています。 更に明代になると東莞守御千戸所ならびに大鵬守御千戸所が設置されると共に新安県が設置され、1573年、シンセンは華南地区の政治の中心となっていきました。
清末になると南京条約や北京条約により新安県の一部であった香港島及び九龍半島をイギリスが租借するようになり新安県が分割されると同時に、 香港との国境の街としての歴史が始まりました。中華民国が成立すると1913年に新安県は宝安県に改称されました。
1953年、広深線の開通により、シンセン地区の人口は増大し、商工業が発展していくこととなり、 また同年県政府を従来の南頭より東に10キロメートルほどのシンセン墟へ移動し、現在の都市構成の土台が成立しています。
その後香港と隣接する地理的重要性から1979年3月、宝安県を省轄市のシンセン市に昇格させ、 1980年には改革開放路線を採用したケ小平の指示によりシンセン経済特区が指定されると急速に発展しました。 なお、1981年副省級市に昇格し、1988年省級経済管理を認められています。

シンセンの観光スポット

シンセンの観光スポットをご確認下さい。



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